流行予知に関する一考察 11

 周期性を割りだすには歴史から統計分布を抽出することになる。だが、単純に資料の変化を目で追っただけでは、その本質に迫ることはできない。歴史から周期律を抽出するには特別なテクニックが必要だ。以下にその解読方法を公開するので参考にしてほしい。

<その1:時差を考慮する>
 その要素が企画立案から製品となるまでには多くの時間を必要とし、店のレヂがきれいな音色を奏でるまでには多くの時間を要する。
その売れ行きを確認し、強気へと転じ、増産し、多くの店頭へ並べるには、さらに多くの時間が必要となる。
さらに購入者が増加し、それを身にまとい、街中で見かける頻度が高くなるには、さらに多くの時間が掛かる。
さらに、編集者がその現象に気づき、興味をもち、販売部数の増加に結びつくと判断し、企画や編集会議を通し、その要素をファッション誌へ掲載するには、より多くの時間を要する。
さらに他業他誌までが強気に転じ、一様にその要素を誌面へ載せ、活字とするには、より多くの時間を必要とする。
さらに・・・さらに・・・さらに・・・

これにより、誌面露出のピークを確認したら、それは、流行の起点や最盛期ではなく衰退期&終末点と解釈するべきである。


<その2:コメントは無視する>
 周期律の抽出には写真だけで十分。
いかに巧みな解説が添えられていようとも、それは現象をパターン認識する際の類推反射による印象のこじつけや言葉遊びなのであり、発言者の頭の中では真かもしれないが、真因と一致する確率はゼロである。
多くの人が、「その要素は流行している。 これからも更に拡大するであろう。なぜなら○○は○○で○○なのだから!」と、もっともらしい理由をつけて強気に転じたその瞬間が終末点だと捉えるべきである。



<その3:自分の価値観を持ちこまない>
 対立項の範囲を調べ手の価値観で判断してはいけない。
例えば、「短い丈 ←→ 長い丈」の調査を想定してみよう。
85Cm丈のスカートを長期間着用した後に82Cm丈を着用すると、
とても短く感じる。
しかし調べ手には、それが長い丈に感じるかもしれないし、同じ丈に見えるかもしれない。どちらが真であろうか。
当然、82Cm丈は「短い丈」へ分類されるべきである。
逆もしかりで、45Cm丈に慣れた後の48Cmは長く感じるのであり、48Cmは「長い丈」へ分類されるべきである。
対立項の全てをこのように捉えるべきで、見た目に惑わされてはならない。
そこで、慣れるまでは対立項を次のように考えることを勧める。
「現状より丈が短くなる傾向」 ←→ 「現状より丈が長くなる傾向」

<その4:対象年齢を変えない>
 年齢層によって周期に時差があるので、調査中の年齢層に変化が少なく、他の年齢層で大きな変化が起っていても目を奪われてはいけない。
価値観は、ランダムに飛び火することなく安定した方向性をもって変化する。たとえ変化が少なく感じる場合でも、必ず微細な変化が連続して起っている。その微細な変化から価値観の推移を感じとるべし。

<その5:部分だけを追う>
 部分の変化を追っているうちに、全体のバランスを考慮した見方に変わってしまうことがある。
要素をひとつの大きな全体へまとめようとする脳の性向(パターン認識)がそうさせるのであり、調査を進めるうちに必ず陥る心境である。
他の要素が混込しないよう、自己を制御しながら一要素ごとに細分化して調査(部分認識)するべし。

<その6:部分は全体へ広がる >
 魅力を獲得した「部分」は、短期間(2.5ヶ月)で爆発的に服飾の全体へ広がる。
本来ならありえない位置や服種へ、その要素を展開することでアバンギャルドなデザインとすることができる。この期間の購買力は超強力であり値崩れもしない。
もっとも確認しやすい観測点なので、入門遍とするには最適のテーマである。


 かって社会現象を「正・反・合」と主張した人物がいた。しかし私は「正・反」の次は「正」と答える。さらに次は「反」であり、発展の概念は持ちこまない。
否定の否定はもとどおりなのだ。
歴史から現象の周期律を抽出しようとするとき、確かに「正・反・合」と目に映ることが多い。これは、急激な変化を好まない固定概念が、本質の劇的な反転を薄めようとするエネルギーから生ずる合成現象なのであり、見かけの関係といえる。

 歴史から価値の揺らぎを抽出しようとするときにのみ、その本質である単純な「正・反」の繰り返しがみえる。
個の価値観は主観・客観の混在であっても、その集積は客観的であり、価値の規則的な揺らぎは偶然ではなく必然なのである。

流行予知に関する一考察 10

さて、当ブログの主題はファッションであるから、以上の考察をボトムへ応用してみよう。

<ボトムを構成する主要な対立項>
短い丈←→ 長い丈
狭い腹帯←→広い腹帯
浅い股上←→深い股上
低いウエスト位置←→高いウェスト位置
裾にボリュームなし←→裾にボリュームあり
ヒップにボリュームなし←→ヒップにボリュームあり


<従属的対立項>
無地←→ 柄
厚い←→薄い
重み←→軽さ
直線←→曲線
粗さ←→緻密
集合←→拡散
硬い←→柔らかい
対称←→非対称
揺れる←→揺れない
透ける←→透けない
温かみ←→冷たさ
抽象柄←→具象柄
光沢なし←→光沢あり
凹凸感あり←→凹凸感なし


これを読んであなたは、ボトムを構成する主要素の少なさに驚きを感じるかもしれない。
しかし、実際にデザインをしてみると、これ以上の細分化は必要ないことがすぐに理解できるはずだ。
人間のひらめきには制限がない。上記の対立項の組み合わせだけで無限にデザインが可能なのだ。
そして、要素のそれぞれが固有の周期エネルギーで揺らいだときに何が起こるかを想像してほしい。
部分的な価値観(主観)の揺らぎの集積が、全体の価値観(客観的価値観)を紡ぎだす。
主観と客観の混沌の集積は統計的に必ず客観(平均値)をあらわす、それが社会現象でありファッションなのだ。

遠い昔から社会現象には周期があると言われてきた。
○○年周期説を唱える経済学者は無数に存在する。そしてこれからも現われては消えてゆくだろう。
流行には周期があるとするファッション評論家も数多く存在する。
しかし周期の根拠を明らかにし、それに責任をもとうとする評論家はいまだ世に現われてはいない。

ファッションに周期があることは誰もが薄々わかっているが、現象の追跡調査や歴史からそれを解読しようとすると、おぼろに見えていた周期性が見えなくる。まるで虹のように近づくと見えなくなるのだ。
歴史全体を見渡すパターン認識の段階で感じられる周期性も、細部へ観察を広げると、それは見えなくなる。

周期が本当に存在するのであれば、過去50年程のファッション誌のすべてを集めて人海戦術でそれを抽出できそうな気もするが、誰かがそれに成功したという話を聞いたことがない。

だが、実は周期性を抽出するのはとても簡単なことだったのだ。
それを抽出できないのは、調査する人間の価値観が調査対象とする時代の価値観と違うからなのであり、当然の結果といえる。
調べている人間の価値観のフィルターを通して現象を目で追うと、それは見えなくなってしまうのだ。
なぜなら、現象の周期性は社会的価値観の揺らぎが根源なのであり、それが人々の選択を通じて現象の揺らぎを世に現わしているからだ。

流行予知に関する一考察 9

< 推論における最小単位 >

前項で私は、「短いスカートと長いスカートは対立する概念だ。人は快をもって片方を受け入れると相反する概念には不快の念をもって拒絶する傾向を持つ」と書いた。 これは、対立概念ながらも連想概念として同じ系に連結される要素の間には、逆相関的揺らぎが存在することを意味している。

服飾におけるデザインとは物質の状態を指す。そして、状態や形態の多くは一対の対立する連想概念(言葉)で表現される。 「有」と「無」、「大」と「小」、「長」と「短」、「広い」と「狭い」「厚い」と「薄い」、「重い」と「軽い」、「上」と「下」・・・のように、二律背反する状態の概念はセットとなってこそ認識が可能となるのであり、このような言葉のもつ法則性は、状態の記憶とその引きだし手順(思いだし)に規則性を与えるものである。

これら不可分な概念が内包する対立項の揺らぎは、言葉を操る人間の脳が思考する際の最小単位の基本動作(推論エンジン)なのであり、この動作を追求することでファッション(流行現象)の本質に近づくことが可能となる。

流行予知に関する一考察 8

 当ブログでは、これまで曖昧な感覚にたよっていたファッションの科学的定義を試みる。ファッション業界には、科学やら定義などというと拒絶反応を示す者が多くいる。だが、成長がとまり構造的不況に陥ったファッション業界では、感覚にたよる従来のやりかたでは生き残ることさえ難しくなっている。そこで私は、科学的思考のできる、より文明的で知性的な人材を育てる必要があると考え、研究内容を公表することにした。

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< 記憶の法則性 >

人が言葉を記憶する際は、その言葉の意味と似ているもの同士を結びつけて一本の糸に連鎖状に結線して貯蔵される。 似ているもの同士とは、そのコトバに対して連想作用が働くもの、又は対立作用が働くものを指す。

これについて疑問に感じるかもしれないが、実は連想概念と対立概念とは全く同じものなのだ。 たとえば、「遅い」という言葉は、何に対しておそいのか。また、「早い」や「速い」は何に対してはやいのか。 これは、比較してこそ理解可能なコトバなのであり、それらのもつ意味は絶対的ではなく相対的であるために不可分なのである。 故に脳は、対立概念を同一概念と判定し、一本の連想の系に結線してコトバを貯蔵する。

「おそい」と「はやい」は、人の概念上では対立していても、記憶する際は連想する概念として取り扱われることになる。
当コラムを愛読する方には、人がコトバを記憶する際の法則性に注目してほしい。ここに、集団における趣向性の変化(流行)が持つ規則性や法則性の共通点を感じ取ってもらいたい。

一般的に、「短いスカート」と「長いスカート」は対立する概念である。人は、快をもって片方を受け入れると相反する概念を不快の念で拒絶する傾向を持つ。 しかし、顕在意識では対立する概念であっても潜在意識の下では同一概念として扱われ、同じ連想の系に連結されることになる。

 この顕在意識と潜在意識との乖離の巾が、流行の発生と消滅(揺らぎ)に深く関与していることは明らかである。しかし、人は脳の反射への気づきを封印されて設計されているために、流行は、理解できないもの、不快なもの、不潔なもの、おろかなもの、反社会的なもの、と位置づけて排除しようとする愚行の連鎖から永遠に逃れることができない。

流行予知に関する一考察 7

 当ブログでは、これまで曖昧な感覚にたよっていたファッションの科学的定義を試みる。ファッション業界には、科学やら定義などというと拒絶反応を示す者が多くいる。だが、成長がとまり構造的不況に陥ったファッション業界では、感覚にたよる従来のやりかたでは生き残ることさえ難しくなっている。そこで私は、科学的思考のできる、より文明的で知性的な人材を育てる必要があると考え、研究内容を公表することにした。

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< 情報の記号化 >

 人間が他の生命体より高度な文明を獲得できたのは、情報の記号化に成功し、「事象の近似」の貯蔵や再利用が可能となったからである。
これにより時間と空間に束縛されることなく、情報の共有が可能となった。 この情報の記号化なくして秩序や価値や印象の伝播は発現できないのであり、人は「記憶」や「思いだし」すらままならない。

 言葉は事象を近似的に記号化したものであり、文字は言葉をさらに記号化したものである。 知らない言語でも、それをを繰りかえし聞いているうちに、音声と情報との間の関連性を感じとれるようになる。これはパブロフの条件反射として誰もが知るところだ。 しかし、言葉を操る人の脳内では条件反射だけでは説明のつかない反射が常に引き起こされている。

 梅干を食べると唾液量が増加する。これを経験をした脳は、「梅干」と聞くだけで唾液量の増加をうながす。これは条件反射である。 次に、何のイメージも湧き上がらないように注意深く脳をコントロールし、「う・め・ぼ・し」と4個のひらがなを思い浮かべてほしい。すると、多くの人は若干量の唾液の増加を確認できるのではないだろうか。 この反射は条件を必要とせずに起こる現象であるために、条件反射と呼ぶことはできない。

 以上のテストから、言葉とは、条件反射が時間経過の後に無条件反射へ転化した「後天的無条件反射」を誘発する因子だと捉えることができる。 そして、言葉が脳への情報書き込み(記憶)や、引きだし(思いだし)の重要な鍵となっていることが解かる。

流行予知に関する一考察 6

 当ブログでは、これまで曖昧な感覚にたよっていたファッションの科学的定義を試みる。ファッション業界には、科学やら定義などというと拒絶反応を示す者が多くいる。だが、成長がとまり構造的不況に陥ったファッション業界では、感覚にたよる従来のやりかたでは生き残ることさえ難しくなっている。そこで私は、科学的思考のできる、より文明的で知性的な人材を育てる必要があると考え、研究内容を公表することにした。

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< 無意識下の制御 >

 日常的な人の行動は無意識下でコントロールされている。 筋肉や内臓の多くは意識的に制御しなくても正常に機能する。 これは顕在意識の下層に潜在意識があり、その潜在意識により行動の多くがコントロールされていることを意味する。

 潜在意識とは、先天的生命維持機能と経験により得られる後天的身体制御機能と、データ保管庫の3大要素で構成される「自覚できない個の本質」である。
前項で述べた「新鮮な驚き」や「不快な驚き」には、これらの要素が大きく関与している。 私は、脳に起こるこの反射を探ることでファッション(流行と称される一様化現象)の本質へ近づくことが出来ると考えている。

 つづく

流行予知に関する一考察 5

< 驚き >

私は、驚きは気づきに伴う反射であると考えている。 そして、気づきは事前に用意されているものと捉えている。
つまり、脳はすべての「気づき」に「驚く」のではなく、「気づく」準備が十分にできた事象にのみ「気づき驚く」ことができる。

未知のファッションとの出会い時に発する新鮮な驚きや不快な驚きは、すでにそれを発する心的条件が整った場合にのみ起こる現象なのであり、それは予測可能な必然の情念である。

つづく